多川俊映両親(父母)の面白エピソード!子供時代の質素な暮らしとは?

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興福寺貫主の多川俊映さんはどんな環境で育ってきたのでしょうか。ご両親(父母)の面白エピソードや子供時代のお寺の子として育った質素な暮らしぶりなど色々語られています。それでは多川俊映さんのご両親(父母)や子供時代の様子などを見てみましょう!
※2018年11月日経新聞にて連載中の「私の履歴書」より

多川俊映さんは興福寺貫主

奈良の興福寺で貫主(住職)をしている多川俊映さんです。1989年42歳の時に貫主についてから29年が経ちます。中金堂の再建など、創建当時の伽藍の復興に取り組んできました。そして2018年10月7日落慶法要を迎えた中金堂を見事に復活させたのです。

多川俊映さん父乗俊さんについて

寡黙だけどお酒が好きで〇〇まで飲んじゃう?

戦時中、親しいお医者さんから医療用の純度100%のアルコールをもらうとそれを薄めて飲んでいたとか・・・。医療用を飲んでしまうとは本物のお酒好きですね。でも戦時中できっとお酒などの入手も難しかったのかもしれないですが、そうまでして飲みたかった乗俊さんはすごいですね(笑)

志賀直哉の娘と面識が?

寡黙で茶道と華道に熱心な人だったそうです。毎週女性のお弟子さんにお茶やお花を教えて、月謝を家計の足しとしていました。生徒さんの中にはなんと小説家として有名な志賀直哉さんの娘さんがいて、奈良の志賀家まで教えにいっていたそうです!

多川俊映さん母貞子さんについて

倹約家で合理的な豆まき!?

戦後、寺も貧しく質素な生活をしていたそうですが、多川家では男の子が三人いて、豆粒3つを畳に落として、はい!おしまい!という感じだったそうです。3粒なので1人1粒という計算ですね(笑)

豆がもったいないし、片付けも面倒だしという母貞子さん流の豆まきだったそうです。

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コメント

  1. omachi より:

    歴史探偵の気分になれるウェブ小説を知ってますか。 グーグルやスマホで「北円堂の秘密」とネット検索するとヒットし、小一時間で読めます。北円堂は古都奈良・興福寺の八角円堂です。 その1からラストまで無料です。夢殿と同じ八角形の北円堂を知らない人が多いですね。順に読めば歴史の扉が開き感動に包まれます。重複、 既読ならご免なさい。お仕事のリフレッシュや脳トレにも最適です。物語が観光地に絡むと興味が倍増します。平城京遷都を主導した聖武天皇の外祖父が登場します。古代の政治家の小説です。気が向いたらお読み下さいませ。(奈良のはじまりの歴史は面白いです。日本史の要ですね。)

    読み通すには一頑張りが必要かも。
    読めば日本史の盲点に気付くでしょう。
    ネット小説も面白いです。