川野将虎の読み方は?出身高校やwiki風プロフィール!

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10月27日に行われた全日本50キロ競歩高畠大会で川野将虎(読み方はまさとら)選手が日本新記録で優勝しました。

川野将虎の出身高校は静岡県の御殿場(読み方はごてんば)南高校です。

川野将虎の出身高校やプロフィールに迫ってみたいと思います。

川野将虎が競歩を始めたきっかけやライバルの存在など、興味深いものがあります。

川野将虎の読み方は?

東洋大学3年生「川野将虎」の読み方は「かわのまさとら」です。

名前は両親が名付けられたようです。

まず寅年生まれでまず「トラ」という字をあて、当初は長尾景虎(上杉謙信)にあやかり景虎と付けようと考えたそうですが、結局「将虎」に落ち着きました。

川野将虎の出身地や家族構成は?

川野将虎は富士山のふもと静岡県駿東郡小山(読み方はおやま)町で生まれています。

小山町は「あのマサカリ担いだ金太郎」の金太郎の生まれた処として有名です。

町の至る所に金太郎の名前が目につきます。

町内には金時山もあり、金太郎音頭、金太郎グッズも売られています。

川野将虎はそんな金太郎の町で1998年10月23日に生を受けました。

家族は父公明さん、母由加理さん弟辰彰(読み方はたつあき)君、弟鷹綱(読み方はたかつね)君の5人家族です。

川野将虎の競歩を始めたきっかけは?

川野将虎は須走(読み方はすばしり)小では柔道をやっていました。

が、柔道では一度も勝てなかったそうです。

そればかりか、運動会の徒競走ではいつもビリから二番目だったそうです。

意外ですね。

脚は早くなかったのですね。

須走中学では卓球部に属していましたが目立った成績は残していません。

ただ小学校の時から、駅伝や長距離の大会には出場していました。

出身高校の御殿場南に入学し、陸上部に入ります。

川野将虎は当初、長距離を希望しますが、当時の岩田佳久監督に勧められ競歩を始めます。

この岩田監督は全国的にも知られた競歩指導の第一人者でした。

後述しますが、競歩という種目はフォームにルールがあり、審判制度があります。

岩田監督はその全国大会も裁けるほどの最高クラスの審判の資格を持った方でした。

余談ですが現在、その岩田監督は懲戒免職処分となり現場を離れています。

岩田監督が勝手にエントリーした高1、4月の静岡県東部予選こそ9人中8位(1人は失格)でしたが監督の指導のもと、めきめき頭角を現します。

2年時のインターハイ、国体で共に2位、3年時はインターハイ3位、国体2位の好成績を修めています。

そしてついに、神戸大会10キロ、輪島大会10キロで優勝しています。

当時の川野将虎は「競歩って面白いな」と語っています。

「岩田監督のおかげです」とも言っています。

そんな高校時代の川野将虎を振り返り、父公明さんは「御殿場の起伏にとんだ山道を30~35キロ歩いても嫌な顔一つもせず、忍耐力があって競歩に向いていたんでしょうね」と目を細めます。

その川野将虎にはライバルがいます。

同じ静岡の出身高校(浜松日体)で現在、東洋大学で競っている池田尚希です。

彼の存在は後述いたします。

川野将虎の大学は?

川野将虎は現在、東洋大学3年生です。

川野将虎は「東京五輪に出たいので東洋大学を選んだ」と言っています。

東洋大学と言えばいろいろなスポーツが盛んです。

その中でも陸上競技は際立っています。

箱根駅伝の常連ですし、あの100m走の桐生選手も所属しています。

先の全日本50キロ競歩高畠大会に川野将虎が優勝したことによって、東京五輪出場が内定しました。

これでこと競歩において、東洋大学は3期連続オリンピアンを輩出することになります。

これはすばらしいことです。

なぜ東洋大学はこんなに競歩が強いのでしょう?

それは指導者に依るところが大きいと言えます。

酒井俊幸監督と妻の瑞穂コーチの二人三脚です。

監督の就任前は指導者がおらず、外部のクラブで練習せざるを得なかったのですが、2009年、酒井監督が就任してからは飛ぶ鳥を落とす勢いで強くなっていきました。

日本の競歩が世界のトップレベルになったことについて、監督はこう言っています。

「競歩は他人からジャッジされる競技で失格もあるし、素直でないと受け入れられない。毎日考えながら技術面を修正しなくてはいけないし、大雑把な感覚や動物的な勘ではできない。コツコツやる日本の職人芸に近く、日本人に合った種目だと言える」

こうした監督コーチの指導の下、川野将虎は成長していったのです。

そしてもう一つ川野将虎の成長に欠かせなかったのがライバルの存在でした。

池田尚希(読み方はなおき)、出身高校は同じ静岡県の浜松日体高校です。

二人は高校の時からよきライバルとしてしのぎを削っていましたが、池田尚希が競歩を始めたのが2年生からということもあって、高校の成績では川野将虎の方が勝っていました。

そろって東洋大の門を叩くと逆転します。

池田尚希の名を有名にしたのは、2018年5月に中国で行われた第23回世界競歩チーム選手権です。

池田尚希はこの大会、シニア男子20キロで優勝します。

一躍第一線に躍り出た池田尚希は今年2月の全日本20キロ競歩で2位になり、ドーハのユニバーシアードの切符を手に入れます。

そしてその大会で金メダルに輝くのです。

川野将虎は「池田は練習に丁寧に取り組む」と言い、池田尚希は「川野は何にでも挑戦する姿勢、一回やってみるという姿勢が強い」とお互いを見ています。

このように、お互い切磋琢磨するライバルがいてこそ伸びていったのだと言えるでしょう。

川野将虎の目標や憧れの選手は?

川野将虎は競技を始めた時からの目標があります。

それは東京五輪で金メダルを取ることです。

日本新記録を樹立し、東京五輪に内定した今、一歩一歩目標に近づいています。

川野将虎にはそのために背中を追ってきた選手がいます。

鈴木雄介選手(富士通)です。

鈴木選手は石川県の生まれで順天堂大出身です。

鈴木選手は高校時代から輝かしい成績を残し、高校総体を制しています。

2012年のロンドン大会を手始めに五輪にも出場、その他数多くの大会で好成績を挙げています。

そして何といっても鈴木雄介の名を世にとどろかせたのは2015年の全日本能美大会です。

20キロ競歩で世界記録をマークし優勝するのですが、これは日本人として陸上競技において50年ぶりに達成した快挙でした。

この世界記録はまだ破られていません。

9月に行われた世界陸上ドーハ大会50キロ競歩で金メダルを獲得、東京五輪出場が内定しています。

川野将虎が鈴木雄介を目標にするのは、好成績を挙げているからだけではありません。

鈴木雄介のフォームは世界一、綺麗だと言われています。

ここで競歩のフォームとルールに触れますと、競技は男子が20キロと50キロ

女子は20キロの種目があります。

道路に設置された周回コースを何周も回って競います。

歩くのですが走るのと同じくらいのスピードです。

普通、成人男子が歩くのが時速4~5キロ程、競歩では約16キロとなります。

フォームは腰に秘密があって、普通に歩くより左右の脚にかかる体重をしっかり骨盤にのせるイメージです。

そしてルールも厳しく、世界大会なのに約1割の選手が失格と見なされゴールできません。

常にどちらかの脚が地面に接していなければならず、さらにかかとが地面についてから脚が垂直になるまで膝を曲げてはならないという複雑な規制があります。

審判も走りとの違いを見分けるようにトラックで6人、ロードで9人違反をチェックしています。

こんなルールの中、鈴木選手のフォームは脚光を浴びているのです。

その鈴木選手の50キロ競歩の日本記録を破ったのが、先日の全日本高畠大会の川野将虎ということです。

今や、鈴木選手と方を並べるところまできました。

川野将虎にとって、先に高畠大会の優勝は五輪出場を手に入れると同時に、そんな意味合いもあったのです。

川野将虎の成績は?日本記録樹立!

ここで川野将虎のこれまでの主な成績をまとめてみましょう。

高校2年   インターハイ         2位

国体             2位

高校3年   インターハイ         3位

国体             2位

大学2年   ナポリユニバーシアード    2位

全日本競歩高畠大会      3位(学生新記録)

全日本競歩能美大会      2位

大学3年   全日本競歩高畠大会      優勝(日本新記録)

なんといっても、10月の高畠大会の新記録を打ち立てての優勝が光ります。

川野将虎のwiki風プロフィールや経歴は?

川野将虎のプロフィール及び経歴をあらためてみてみましょう。

生まれ             静岡県駿東郡小山町

生年月日            1998年10月23日

血液型             A型

出身高校            静岡県立御殿場南高

家族              両親、弟2人の5人家族

身長、体重           176cm、62kg

好きなタレント         乃木坂46、特に秋元真夏

・須走中で卓球に所属しながら駅伝の練習に参加する。

・御殿場南高に進学して競歩を始める。

・東洋大に進学し数々の成績を残す。

特に2018年10月、全日本競歩高畠大会で日本学生記録を樹立する。

2019年10月同大会で日本新記録で優勝する。

川野将虎の読み方は?出身高校やwiki風プロフィール!まとめ

いかがでしたか?

こうして川野将虎の経歴やまわりの環境を追ってみると、本人の努力は当然ですが、指導者、ライバルに恵まれて現在の川野将虎があるのがよくわかります。

目標としていた東京五輪のキップは手に入れることができました。

もちろん、狙うは金メダルのはずです。

そしてその先の世界記録も視野に入れているはずです。

IOCの意向でどうやら競歩は札幌で行われるようです。

川野将虎なら開催地がどこになっても大丈夫でしょう。

我々は川野将虎に期待するのと同時に、怪我のないことを祈らずにはいられません。

読了いただきましてありがとうございました。

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