雅子様皇后は無理?異常と言われる衝撃の理由!

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雅子様皇后即位が間もなくですが、無理なんじゃないかと言われ、異常なストレスなどが心配されています。雅子様が皇后が無理は一体どういうことでしょうか?また異常と言われるその理由がなんなのかお届けしたいと思います。

雅子様皇后は無理なのか?

皇太子さまが即位、そして雅子様も同時に皇后へと立后されます。そこで気になる声が雅子様には皇后は無理なんじゃないかという声です。

これは皆さんご存知の通り、雅子様の病気が関係しています。詳しい病状については後述します!

雅子様が皇后が無理と言われるのは、人格やお人柄が問題なのではなく、そのご病気を心配されてのことなんですね。雅子様と言えば、2003年以降、病気が原因で、16年もの長い間ご静養されています。

最近は少しずつ公務に復帰される姿を拝見しますが、皇后になるとその特別な立場から皇太子妃とはまたさらに違ったストレスを雅子様に強いることになるのではないかという心配する声があるのです。

そんな雅子様のご病気を改めてご紹介します。

雅子様皇后が無理と言われるご病気とは?

雅子様が一体なんのご病気だったか皆さん覚えていらっしゃいますか?雅子様のご病気は…

「適応障害」です。

適応障害とはなんぞや?ということなんですが、よく耳にする言葉ではありますが、具体的などんな症状がでるのでしょうか?

適応障害とは、生活の中で生じるさまざまなストレスにうまく対処することができず、抑うつや不安感などの精神症状が現れて日常生活に支障をきたす病気のことです。

ICD-10(世界保健機構の診断ガイドライン)では、原因となるストレスが生じてから1か月以内(米国精神医学会のDSM5では3か月以内)に発症し、ストレスが解消してから6か月以内に症状が改善するとされていますが、ストレスが長く続く場合には長期間続くこともあります。

引用元:https://medicalnote.jp/

このように、適応障害とはその名の通り、簡潔にはさまざまなストレスに適応できなくなっていくことというところでしょうか。

雅子様は適応障害を発表する前年2003年に帯状疱疹を発症しました。帯状疱疹って、疲労やストレスなどで免疫力が低下すると発症しやすいという傾向がある病気で、まさしく予兆があったということになります。

そして翌年の2004年には宮内庁から適応障害が発表されます。

適応障害というのは、真面目な方がかかりやすい傾向があるようです。雅子様は感受性がとても豊かな方だと言われています。周囲からのプレッシャー、皇太子妃としての理想の姿などを目指し、無理をされてしまったのでしょうね。

この2003年ごろというのは振り返ってみると、まさしく雅子様にとって心労の絶えない時期だったんですね。具体的にはどいうことがあったかご説明したいと思います。

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雅子様皇后は無理?異常なストレスが続いた時期

雅子様が宮内庁より適応障害が発表された2004年前後というのは、とても雅子様にとってもご苦労の多い時期でした。そのストレスが適応障害という形で、現れてしまったのですね。

この時期にはこんなことがありました。まさにストレスの連続だったのだと思います。

雅子様と皇太子(徳仁親王)がご成婚されたのが、1993年でした。雅子様、30歳のころです。雅子様には誰も言わずとも、将来の天皇となるお世継ぎを産まなければならないというプレッシャーがあったと思います。

ですがなかなかお子さまに恵まれず、月日がすぎます。そしてご成婚から6年後の1999年 懐妊のスクープが流れ、その後流産(手術をされています)されてしまいました。お世継ぎということで、かなり報道も過熱してしまい、皇太子さま自ら報道加熱に対して遺憾の意を表明する事態になりました。

恐らくご成婚すぐより、お世継ぎの問題については考えていらっしゃったと思うので、その時点ですでに6年です。皇太子妃になり、皇室の生活や公務をこなすことに精一杯な時期だったと思うので、そんな中でも将来の天皇を産まないといけないというのはとても精神的にも辛かっただろうなと容易に想像できます。

妊娠すること自体がとても大変なことなのに、その上、男の子を産まないといけないというのは、とても苦しかっただろうなと思います。それが一般の方なら、男の子でも女の子でも変わらず大切な命ですからね。

そして2001年、ご成婚から8年後に愛子様を出産されました。雅子様38歳のことでした。雅子様、妊娠されそして性別が分かったとき、どう思ったのでしょうか。先ほども書いたように、男女どちらでも同じ命なのに、皇太子妃という特別な立場ゆえに、男子を産まなければならないという異常なプレッシャーを抱えていらっしゃったのだとしたら、本当にお辛いだろうなと思います。

そして愛子様を出産された後に、雅子様はこのようにコメントされています。

「生まれてきてくれてありがとうという気持ちでいっぱいになりました」

これは、本当に心から出お言葉だったのではないかと思います。

また雅子様は小さい頃より外交官の父の元、様々な国で生活をしてきました。そのため、皇太子妃になってから6年間、海外へ行けなかったことも雅子様にとってはとてもお辛い状況だったようです。

2002年12月ニュージーランド・オーストラリア訪問会見では

「外国に参りますことが私の生活の一部になっておりましたので、6年間の間、外国に訪問することがなかなか難しいと言う状況は正直申しまして私自身その状況に適応することになかなか大きな努力がいったということがございます。」

このようにおっしゃっていました。やはり元外交官というお立場からそのキャリアをいかした海外公務など力を入れたかったのではないかと思います。

このように皇太子妃になってから愛子様を出産されたあたりまで、慣れない皇室での生活、思うようにできない公務、そしてお世継ぎ問題と、一般人ではありえないような異常なストレスにさらされてきたのですね。

雅子様皇后は無理と否定された?

また雅子様が適応障害と公表された同じ2004年に皇太子さまによる「雅子様の人格否定発言」が当時とても話題になりました。

2004年5月皇太子徳仁親王が訪欧を前にした記者会見で

「雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」

と、宮内庁との関係が良好ではないことが、皇太子さまの発言で露呈してしまい、とても驚きました!さらには…

「細かいことは控えたい。なかなか外国訪問出来なかったこと、雅子も私もとても悩んだということをお伝えしようと思います。私はこれから雅子には本来の自身と行き来とした活力を持って、経歴を十分に生かし、新しい時代を反映した活動を行ってほしいとおもっていますし、そのような環境づくりが一番大切だと思っています。

と、具体的にどのような確執があるのかは明言を避けましたが、宮内庁と皇室が上手くいっていないなんて衝撃でしたね!

雅子様皇后が無理なのでは異常な仕事量?

雅子様は皇后に立后されると、美智子様からの公務を引き継ぐことになります。以下の二つの肩書は美智子様から雅子様へと引き継がれるそうです。

日本赤十字社名誉総裁
国際児童書評議会名誉総裁

もちろん、公務はとても多く、現在は皇族の減少で一人当たりの公務の負担が多くなっているようです。その中でも皇后といえば、天皇を支えるとても重要なお立場なので、公務の量がすごいんです。

ですが、雅子様はご静養中ということもあり、公務の量をかなりセーブされています。そのため、皇后となった時にそのご公務の件数の多さに耐えられるのか、またどこまでご公務に出られるのか、そのあたりが非常に注目されています。

雅子様は皇后が無理なのは愛子様が心配だから?

また一方で、雅子様の体調の面だけではなく、愛子様が心配で公務にも集中できないのではないか?という話があります。

これは以前、愛子様が学習院初等科だったころに、少し乱暴な男の子がいたとかで、いじめや不登校問題が注目されたことがありました。雅子様も一時期は登下校に付き添われていると報道されていましたね。

現在ではそんな心配もすっかり落ち着き、2017年には学習院高等科に進学されて以降は、愛子様の急成長っぷりがなかなか評判ですよね。

愛子様は偏差値が72あり、聡明で明るい人柄と話題です。子育ても辛い時期を乗り越えていけたのが、雅子様にはプラスに働いて、愛子様の成長は、公務復帰への後押しとなっているようです!

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雅子様皇后誕生!現在の病状や悪化が心配?

2018年の55歳の誕生日に雅子様はこのようなコメントをされています。

「この先の日々に思いを馳せますと、私がどれほどのお役にたてますのか心もとない気持ちも致しまます。
国民の幸せのために力を尽くしていくことができますよう、研鑽を積みながら努めて参りたいと思っております」

雅子様の謙虚なお気持ちと、不安なお気持ちが伝わってきますね。

どうか体調には気を付けて、無理をせずに公務に臨まれてほしいなとおもいます。

東宮御所医師団も雅子様の体調については

依然として回復の途上にあり、体調には波がある

としています。

つまり現在は悪化はしていないものの、まだまだ完全に回復されたと言える状況ではないということですね。

雅子様皇后についてSNSの反応は?

やはり多くの人は、雅子様が立后されることを祝福するとともに、今までの苦労を思われたり、そして無理してほしくないなと感じている人が多いようですね。

雅子様のプロフィール

生年月日:1963年12月
出身地:東京

雅子様は父親が外交官だったため1歳よりモスクワで過ごし、その後も
外国で過ごしてきました。日本に帰国後はソフトボールに熱中する活発な少女だったようですよ!高校から再び海外へ行き、アメリカの高校を優秀な成績で卒業し、大学はあのハーバード大学へ進学をしたというかなり華々しい経歴の雅子様です。

帰国後は東京大学へ編入して、卒業後は外務省へ入省して、ご成婚が決まった時はキャリアウーマンとして話題になりましたね!

徳仁親王との馴れ初めはスペイン国王の長女歓迎レセプションで初めて出会いました。これは外交官だった父、小和田条約局長の令嬢として参加していたのですね!雅子様に皇太子さまが惹かれた形になるようで、皇太子妃にと話があった時には、小和田家(雅子様の実家)は「雅子様の意思がきまらない」ということで、一度断りをいれています。

その間、皇太子さまは別の方との縁談が進み、内定寸前までいきましたが、皇太子自身がやはり雅子様への思いが捨てきれずに破談となってしまったのでした。

その後、再度雅子様と接触をし、プロポーズの末、ご成婚となったようです。

雅子様皇后は無理?異常と言われる衝撃の理由!まとめ

以上、雅子様に皇后は無理なのかという噂について調べました。

やはりご成婚以来、一般人だったらあじあわないであろう異常なほどのストレスにさらされてきた雅子様。不慣れな生活、公務、お世継ぎ問題など、さまざまな問題で適応障害となってしまいました。

現在では完全に回復はされていないものの、徐々に公務にも復帰され、私達にも笑顔をみせせて下さっています。ご無理はせずに、ご公務などで元気な姿を拝見できればいいなと思います!

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