美智子様の実家の現在が衝撃?家系図からみる正田醤油との関係!

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美智子様の実家の現在がどうなっているのかご存知でしょうか?また美智子様はさすが天皇の元に嫁がれただけあり、家系図が華麗すぎます。またその家系図から正田醤油との関係も明らかになります。美智子様のご実家の現在や正田醤油との関係について見ていきたいと思います。

美智子様の実家の現在が衝撃?

美智子様がご成婚される前の旧姓は正田美智子(しょうだみちこ)様というお名前でした。

美智子様が生まれ育った、旧正田邸はJR五反田駅より徒歩7分程度のところにあります。

その美智子様の実家の現在ですが、なんと!

ねむの木の庭という公園になっていました!!!えー!

家は建て替えていたとしても、その土地はご家族の方がずっと住まわれているのかと思っていたのでびっくりました。

公園になった経緯ですが、美智子様のお父様が昭和8年に建てたご自宅だったのですが、お父様が亡くなられた後に相続税の一部として物納されてしまったそうなのです。

物納されてしまったのですが、美智子様のご実家ということもあり、建物の保存を求めた署名活動が行われ、別の場所への移築なども検討されたのですが、結局平成15年に取り壊されてしまいました。

これが取り壊されてしまった正田邸です。

当時、清水組(現在の清水建設)が施工した邸宅で、素敵な洋館だったんですね。居間にはシャンデリアがあって、洋館でしたが和室もあったそうですよ。

素敵な洋館だったようなので、取り壊されてしまったのは残念です。美智子様もご実家がなくなるのは残念だったことでしょう。

その後はどうなったかというと、品川区が整備をしてねむの木の庭という公園にしました。

公園の名前は美智子様が高校時代に作られた「ねむの木の子守歌」という詩に由来しているんだそうですよ。

また公園内には美智子様のご実家ということで、現在は「プリンセス・ミチコ」という名前のバラも季節になるとキレイに咲くそうです。

プリンセス・ミチコという品種は1966年にイギリスのディクソン社から当時まだ皇太子妃だった美智子様に贈られたものだそうで、皇后になられた時にもエンプレス・ミチコというバラが贈られたそうです。

名前が薔薇になるなんてとても素敵ですね!

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美智子様の実家!現在も思い出の場所!

天皇皇后両陛下が退位を前に美智子様の実家があったねむの木の公演を私的に訪れていたことが分かりました!

 もうご自宅はないのですが、 それでもここから皇室に嫁いだわけですから、美智子様も天皇が譲位される前に訪れておきたい場所だったのかもしれませんね。

美智子様の実家と正田醤油の関係は?日清製粉は?

美智子様の実家といえば日清製粉というのはとても有名ですよね。にもかかわらず、たびたび耳にする正田醤油とはどういう関係があるのでしょうか?それは美智子様の祖先の職業に関係してきますのでご説明したいと思います。

美智子様の祖先は群馬県の舘林に住んでいたようです。美智子様の旧姓が正田姓であるとおり、正田家の当主は正田文右衛門という名前を受け継いで、米問屋を営んでいたそうなんです。

そなん正田家ですが、米を扱っていたということもあり、明治に入ってから地元群馬で醤油製造もおこなうようになっていったそうです。この醤油業がもうお分かりの通り正田醤油となるわけです。

正田醤油は正田家の本家筋の人間がやっていたのですが、美智子様の祖父(本家の三代目正田文右衛門の孫)は分家の出身で、その美智子様の祖父が日清製粉を創業したんです。

つまり、正田醤油というのは正田家の本家筋、日清製粉はご存知の通り美智子様の祖父が創業した会社ということです。正田醤油と美智子様にはこんな関係があったんですね。

美智子様の実家の家系図が華麗すぎる!

美智子様の実家はご紹介しました通り、日清製粉を創業されたお家柄ということだったんですね。さすが美智子様の実家です。そんなすごい会社のご令嬢だったんですね。本家筋の正田醤油も地元舘林では、かなりのお金持ちとして当時からも有名だったそうです!

当時、皇室に嫁ぐにはやはり皇族か華族出身の人ではないとという時代で、一般人だった美智子様が皇室に嫁ぐことは、異例のことでとても話題になったそうです。正田家は一般家庭として、皇室とつながりをもったということで、正田家としても驚きの出来事だったでしょうね。

ですが、そんな正田家ですがすごいのは美智子様だけではないんですね。美智子様にはご両親のほかに、兄、妹、弟がいて、四人兄弟の2番目が美智子様です。皆さんとても華麗な経歴をお持ちなので、その家系図についてご紹介したいと思います。

美智子様の父母の家系図

まずは美智子様の父と母、ご両親の家系図です。

父親は先ほどご紹介した日新製粉を創業した正田貞一郎さんの子供で正田英三郎さんといいます!実は美智子様の父親である正田英三郎さんは、名前の通り長男ではなく、三男だったんですね。

ですが正田家では長男が早くに亡くなり、次男は学者だったこともあり、日清製粉は三男の英三郎さんが継ぐことになったんです。

みなみに正田家は…

長男:明一郎
次男:建次郎
三男:英三郎
四男:順四郎
五男:篤五郎

と、実に誰が何番目の子か分かる名前なんですね。

一方、美智子様の母親は、旧佐賀藩の士族の副島綱雄の長女富美(のち富美子と改名)です。副島綱雄が中支那振興と言う会社の常務理事を務めていました。中支那振興とは日清戦争中,華中占領地区の復興,資源開発などを目的に日中合弁で設立された国策会社で鉱業,電力,鉄道,通信などの諸会社を傘下に収め占領地の経営を行っていたんです。

そういうこともあり、美智子様の母親は現在の上海でお生れになったそうですよ!

美智子様のご兄弟の家系図

すごいのはご両親だけではありません。ご兄弟もすごいのです。

美智子様の兄で長男の巌氏は東京大学卒業の日本銀行監事、妹の恵美子さんは昭和エンジニアリング社長の妻、そして弟の修氏は日清製粉の社長を継いでいます。

そして日清製粉を継がれた弟の修氏は実業家の大原謙一郎氏の妹と結婚をしています。

美智子様の実家の現在が衝撃?家系図からみる正田醤油との関係!まとめ

以上、美智子様の実家の現在について調べてみました。

現在はねむの木の庭という公園に整備されていて、美智子様は私的に訪れているようですね。

また正田醤油は美智子様の祖先が創業した会社で、正田家の本家筋が生業としていました。美智子様のご実家は祖父が日清製粉を創業、父がその後を継いでおり、ご成婚が決まった時は日清製粉のご令嬢と言うことで話題になりました。

美智子様のご実家は、日清製粉と言うこと以外にも、ご両親やご兄弟が華麗な経歴をお持ちで、家系図がすごいことになっていました!

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